
「本当はどうしたい?」
そう自分に問いかけたとき、迷わず答えを出せるでしょうか。
かつての私は、その声が全く聞こえなくなるほど、人生の深い暗闇の中にいました。
今回は、私がリトリートに救われ、そしてそれを届けるようになった原点のお話をさせてください。
絶望の中で見失った、自分という姿

30代の半ば、私の人生を根底から揺るがすような出来事がありました。 ある日突然、信じていた世界が音を立てて崩れ去るような衝撃。受け入れられない感情、執着、世間体……。 誰にも相談できず、憎しみや怒りに心をすり減らす日々。 「なぜ私が?」「何がいけなかったの?」 自分を責め、出口の見えないトンネルの中で、私は本来の自分がどこにいるのかさえ分からなくなっていました。
そんな私を暗闇から連れ出してくれたのが、リトリートという時間でした。 日常の役割や、痛みを思い出す場所から物理的に離れ、ただ自分とじっくり向き合う。 その静寂の中で、ようやく聞こえてきた本心。
「本当はどうしたい?」
その答えは、実は何年も前から自分の中に準備されていたことに気づきました。私は、自分の心に従うという、大きな一歩を踏み出したのです。
「何者でもない自分」に還る場所
その後も、人生の壁にぶつかり、周囲と自分を比べては焦りや嫉妬を感じ、心も体も疲弊していく時期がありました。 その時、再び私を救ってくれたのも、やはりリトリートでした。
見知らぬ土地、誰も私を知らない環境。そこでは、何かの「役割」を背負った自分ではなく、ただの「私」として存在できました。 「人と比べる必要なんて、どこにもないんだ」 そう気づけたとき、ようやく自分を取り戻し、また自分を好きになることができたのです。
あなたの「本心」に、光をあてるために

心が満たされず、どうしようもない悩みに押しつぶされそうなとき、人は自分の本当の声を忘れてしまいます。 でも、ほんの少し日常を離れるだけで、人は自分の本心に気づき、また自分らしさを取り戻せると、私は自身の経験を通して知っています。
だからこそ、今度は私が。 何かを辛く感じたり、一人で苦しんでいるあなたに、心と体が満たされる時間を提供したいと願っています。

